石州和紙: 西田和紙工房 - 西田誠吉 ~人間の感覚は体でしか覚えられん部分があるんでしょうね~

人間の感覚は体でしか覚えられん部分があるんでしょうね (3/3)

社寺の修復関連の和紙を多く携わられている西田和紙工房さん。伝統的工法で地元で楮を育てるところから一貫して作られている日本でも数少ない和紙工房さんです。また、石見神楽の盛んな地域だけに、そこで使われる和紙の話もお聞きしました。  (取材日:平成23年2月23日)

昔は寒の半分の仕舞っておく余裕があったらしいけど(笑)

西田さんの紙は修復用の和紙としてもかなり重要な位置を占めているといって良いと思うんですが、どういったところで使われているんですか?

下張りからずっと何層かまでを石州で使いますから。軸装ものになるとやっぱり薄美濃とか宇陀・美栖なんかをどうしても使うので。一番僕らが多いのは建具・襖類。それとか障壁画・屏風。壁面とか。天井画とか。そういうところの下張りからずっと受張から胴張までを石州で使うんです。

建具用の紙、修復用の。

そうです。一番は襖なんかでも多いですね。でっかい障壁画もそうですね。

そうすると元々、大き目のものが多かったんですか?

大体いまは二三判で間に合うんですが、全部それを表具師さんが繋ぎあわせていかれますから。西本願寺なんかの修復なんかのときの御影堂の障壁画の障壁画も全部外したときに、石州の下張りからずーっと何層も打ってって最後に合わせて裏打ちしたものを返すと。という工程のものが多いんですよ。

大きなお寺さんとかお城の仕事とか。だから出たら数は大きいですよね。

どっちかというと下張りに多いから表面には出てこない。

表面には出てこないですけど、数的には良く使ってもらえるというところがありますね。

それがある程度メインのところで。

そうですね。いまのところず~っと、何年か大きな物件が続いてきていましたから。何年か毎年掛かってましたけど。大きな新しい修復の現場が増えればまた使ってもらえるところが増えるかもしれないですね。

そういった面で言うと、国の予算がある程度、見識を持っていないと。

僕らは良くわからないけど、国の予算がちゃんと潤沢に出ないと文化財まで回ってこないですよね。限られた予算のところだったら、それ以外のところは今回は止めておこうと先送りになったり、予算が付かなかったりとかは良く聞きます。

だけど西田さんのところでは、ある程度わかった状況で動きやすいところではあるんですかね。

そうですね。昔は本当に問屋さんに納める仕事ばっかりだったんで、自分の紙がどういう使われ方をしていって、年間どれぐらいの需要があるんだろうかと掴めないままにやってましたけど。そういうプロジェクトとかそういうものは、ある程度の期間も工期も全体の姿まで僕らにもわかるようになって来ましたから。そういうところの情報も僕らのところまで多少流してもらえるように今はなってますから。

今回の、例えば二条城の仕事なんかでも全体の襖の数が何枚あって、何年の工期で、どれぐらいの枚数が必要なるというのがある程度教えてもらえるように、漉き元さんにも情報が入るから、それに合わせて原材料の確保も計画を立ててやっていくことができるんですよね。

やはり、先のある程度の見通しが立てられれば立てられるほど、良い仕事もしやすいですものね。

そうそう。それとそういう風にわかっていたら、ちゃんとこの原料はこっちに向けてということが、こちらのサイドで段取りができますよね。それは助かります。

昔はある程度時間をゆっくり見ていたのでしょうから、これぐらいの間にこれぐらいやってって話ができたのでしょうけど、今はもう作って「すぐに納品して!」という形になっていると。

そうそう。そうなんですよね。修復関係の紙も本当は2~3年寝かして、使えるような状態なのが一番良いと思うんですよ。昔のストックを使い手さんの方である程度自分のところに蓄えながらやってましたけど、今は中々そういうことができないでしょうね。

僕らも紙漉き屋さんのところでも中々ストックできない状態ですから。そういう意味では漉いてすぐに使われることも増えてきているでしょうね。

昔は本来、それをやっていたのが問屋さんだったんですよね。

そうそう。本当はそれが問屋の機能で、寒の間になんぼかやらしておいて、それを寝かしながら順番に出されていたんだけれど。今はそういう余裕のある問屋さんはないでしょうからね。

これは他のところで聞いた話なのですけれど、私は掛け軸の方向から来ているんですけど、みんな言うのが紙を寝かさないと駄目だと。みんな言うわけですよ。それで掛け軸屋さんに行くと「良いだろう!これ10年寝かしたんだぞ !! 」とか見せられたりするわけですよ。10年寝かしているからこれは一番良いんだとか。やっぱり見る良いわけですよ。完全に枯れて。

それだけ寝かす作業がどれだけ重要なのかというのをずっと頭に入っていたんですけど、とある修復の紙を作っているところに行ったときに、今大変なんだと。問屋さんが本来は寝かしていたのに、問屋さんがその体力なくなっているからどうなっていると思う?て聞かれて。

「まさか!」と言ったら、「そうなんだよ」と。

俺たちが結局寝かさないといけなくなってきているから一番それが辛いよね、て。特に紙漉き屋さんて一番儲かっていないところじゃないですか。

そうそう。ハッキリ言って紙漉き屋さんが一番儲かっていないですよ(笑)

西田和紙工房: 西田誠吉

儲かっていないですよね(笑)

一番叩かれるところ(笑)

そこに寝かしてという状況になっているのは、これは辛いなぁ……ていう。

うん。それは辛いですね。やっぱり紙漉き屋さんは一生懸命、紙を漉いてそれを納めてその工賃というか上がりで何とか回転させて生活をして、次の仕事がそれでできるんですけど。それも一番最終的な段階の紙の単価に比べると遥かに安い値段でやってますから。そういう意味では、一番大変なところです。どんな仕事でも最初のところというのは大変なところなんですけれど。それかと言ってなくては困るものだし、変なものだとクレームが付くものだし。一番風当たりがきついところなんですけれど(笑)

そこに在庫の負担が今行っているのは、これは相当厳しいなぁというのが。

そうですね。

やはり寝かした紙と寝かしていない紙って全然違いますからね。本当に。

うちら一年間置いているような紙じゃないですよ。そんな余裕がない。もう漉いたらすぐ送って対価をいただかないと工場が動かないですものね。その分、余分にこの時期良い時期だからドンドン漉き上げておいて、積み上げておこうというそんな余裕がないし、そんな能力がないです。

昔はね、舟が三艘、四艘いつも動いていたから、この寒の間の半分の仕事はちゃんと倉庫に仕舞って、寝かしておけばいつか売れるわいぐらいの余裕があったらしいですけどね(笑)考えられないですね今は。

僕らが送ったそういうところの修復の装こう師連盟さんの工房さんたちの中で寝かせて、ある程度。それを自分たちで使ってられるんだと思いますよ。

そういった負担を表具屋で持つのもある意味厳しいですよね。

しかし、その寝かす作業を紙漉きの現場に求めるとちょっとそれは厳しいというか、それはお門違いとまでは言わないけれども、それぐらいの気持ちは紙漉きの現場の方からするとありますよね。

そうですね。

だって、何でそれを自分たちがやらなきゃいけないの?て部分はありますよね。

ありますね。やっぱり、今は情報化社会だからある程度、紙漉き屋さんのことも結構わかってもらえるような状況になってますけど、昔はまるっきりもう間に問屋さんがあったりして、一体どこの誰さんがやった紙なのか全然わからん間に色々と使われてたから。

今は大分風通しも良くなってきて、先の顔が見えるようになってきたんですけど。だけどそうすると、自分らはやりがいもあるし。やっぱりダイレクトに紙の注文とか意見を聞くと、次回はこういう風にとかわかりますよね。そういう意味じゃ問屋さんがないということは、そういう言い方はしませんけれど、問屋さんもそういうことをある程度今から漉き元さんとの間で上手に調整してもらうというか。そういったこともやっていかないと。中々それは、、、。段々と問屋さんも手漉き屋さんをよう抱えられんし、こちらも中々頼りきれないから直に直接、ユーザー直売とかになりつつありますよね。最終的にはそういう風になるのかもしれんけど。その辺の難しさは確かにあるでしょうね、流通は。


人間の感覚は体でしか覚えられん部分があるんでしょうね。

西田さんのところで修復関係の紙を作り始めるきっかけになったのはどういったところからだったんですか?

直接、ある程度纏まった量を伝統的工法で、本来の和紙を漉く所はないかということで装こう師連盟さんがお越しいただいて。それでやってみましょうということになって。

最初に三万枚と一口に言われたときに、親父とわしが2人で毎日漉いてもこれは大変なことでてなって、それを初めてやらしていただいたて三年がかりで漉いた。それである程度、信用を得たんですね。それからそういうところの大きな画面の場合とか、建具類にはある程度の下張りのところまではここの紙を使うということになってもらって。それでこういう風にここまでやってきたという。それ以前は中々そういうところには行っていなかったと思うんです、多分。

実際、国産の出所のわかっているもので全部最初から最後まで目が行き届いた形で作れられている和紙って、全国を回れば回るほど本当に少ないじゃないですか。

ないと思いますね、今。

それで言うと石州の和紙というのは全部に目が行き届いた上で作られているというのが、、、

目が行ってちゃんと原材料からやってても、それはある程度いま他の産地の紙に比べたら色も黒いし、チリも多いし色々と問題点はあるんだけれど。でも本来の紙の姿というのをある程度残しているなぁと。ここは残っていると思います。そういう意味ではね。

表面に出てくるものではない裏の部分だから、ちょっと汚れが残っていてもきちんとした強さが残っているし、正統的なつくりをきちんとしているというのが、やはりそういったところで評価されたんでしょうね。

そうでしょうね。それがあったんだと思いますよね。

うちの家はそれが転機になって実際にそういう仕事がやって来れましたね。それまでは恐らく親父さんの若い頃とかは半紙とか傘紙と障子紙とかばっかししていたと思いますよ。僕の子供の頃を思い出すと半紙をようけ座敷に積んであったのを覚えているし。あとは障子紙とかね。あれを当てて切って積んでましたよ。それ以外にあまり紙を見なかったですから。他の用途の紙を。

僕の代になってそういう風に表具屋さんとの繋がりが増えてきたり、作家さんとかの繋がりがあったりして広げてもらって、ある程度色々な種類を作れるようになりましたよね。

西田和紙工房 外観

それにしても同じものをずっと漉き続けることができるというのは、このご時勢では珍しいと言って良いのかもしれないですよね。やはり同じものをずっと漉いていることで手が決まるというのが一番、紙漉き屋さんの本当に重要な部分なのかなぁと思うんですよね。

そうですよね。今ね、色々な種類の色々な用途の紙をちょっとずつ少量・多品種、漉く時代だから。そういう意味じゃ同じものをず~っと漉けるというのは、ある程度体に染み込ませるためには良いですよね。

この前お伺いしたときに、お父様の方はパッと見た瞬間に何匁とわかるというお話を聞きましたけど、そういったのもやはりず~っと同じものを漉いているから余計にわかるようになっているのでしょうね。

そうでしょうね。それと同じ紙をいつも触っていたらですね。だから持っただけで大体わかりますよね。それは、やっぱりこれは年月と場数、それだけの量をこなしてやっていかん限りは中々それは身につかないと思います。いくらこうデジタルな世の中で、計りを使ったとしても人間の感覚というの計り切れないものがあるから。体でしか覚えられん部分というのが恐らくあるんでしょうね。

それがやっぱり一番、ずっと積み重なってきた西田さんのところの強みなんでしょうね。

どこまでそれが、どこまでちゃんとした仕事を僕ができているか、そんな自信はないですけれど。そういう意味では同じそういう仕事を続けさせてもらっているというのは紙漉き屋にとっては結局ありがたいことだと思いますよ。こういう世の中じゃけ、色々なものをしたり発信していくことは必要だと思うんですけど、僕自身の性格とか紙に対するそういうものにちょうど合ってるというか。そんなにこう、無理しているわけでもなしに同じペースでずっと続けられるのがあれば、一番良いことだと思うんですけどね。


石州和紙: 西田和紙工房 - 西田誠吉
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