山形:ひな流し「紙びな」に願い込め 5000体ゆらゆらと « 和紙の瓦版

和紙の職人.com

和紙の職人.com 和紙の瓦版 全国の和紙処 和紙のイベントカレンダー 和紙のリンク集 和紙について ご挨拶 お問い合わせ 賛助会費について 和紙の伝言板
和紙の瓦版 ~全国の和紙に関するニュースやイベント、ブログ情報を紹介~

2013年4月10日

山形:ひな流し「紙びな」に願い込め 5000体ゆらゆらと

カテゴリー: 和紙ニュース — wanoshokunin @ 11:28 pm
  1. 山形:ひな流し「紙びな」に願い込め 5000体ゆらゆらと
  2. 京都:彬子さま、和紙の梅奉献 北野天満宮
  3. 岐阜:源氏物語伊勢型紙で表現
  4. 京都:京の美意識 紙で発信 左京に専門店 「可能性広げたい」
  5. 岐阜:美濃市と伊・アマルフィ市来月、協定締結
  6. 岐阜:美濃和紙ドレス華やか 岐阜市でファッションショー
  7. 岐阜:和紙の里彩る黄色 美濃市でミツマタ見ごろ
  8. 島根:和紙職人の派遣に期待 浜田で紙作り学んだブータン父子歓喜

着物の柄や模様を染めるために使われる伊勢型紙。染物の型紙としてのイメージが広がっていて昨今の様々な「表現」に繋がっているのだと思います。実はこういった型紙。もうひとつ織物の現場と関わっているものがあります。それは織物の織り込まれた柄を出すために使われる紋紙。織物の柄はある意味、「ゼロorイチ」のデジタル的な組み合わせて出来ています。そのため、糸を「通すかor通さないか」、具体的に言うと織機の途中に型紙を挟んで、その型紙に穴が「開いているかorいないか」で柄を出していくものとなっています。そのまま、染め物の型紙として使われる伊勢型紙などの話を聞くと、ほとんど忘れ去られているもうひとつの型紙の使い方の紋紙。一見簡単そうに見える柄が織り込まれた織物。実は、物凄い技術の結果だったのは知っておいて良いかも。


山形:ひな流し「紙びな」に願い込め 5000体ゆらゆらと

http://mainichi.jp/area/yamagata/news/20130405ddlk06040079000c.html

願いを込めて和紙で作ったひな人形「紙びな」を川に流す春の恒例行事「ひな流し」が4日、西川町間沢の料亭「玉貴」裏側の寒河江川で行われた。三つの木船や、ささ舟に載った紙びな約5000体が、融雪期で水かさが増した川をゆらゆらと流れていった。

ひな流しは形代(かたしろ)という自分の身代わりとなる紙人形を川に流し、罪やけがれを落とす古事に習ったイベント。山形市小白川町4のひな研究家、安部英子さん(77)の指導で2000年から始まった。安部さんはわら靴にみのぼうしをかぶった雪国の伝統的な衣装でひなを流し、「東日本大震災からの一日も早い復興を願った」と語った。

紙びなを4体作った同町立西川小6年の飯野日彩(ひいろ)さん(11)は「楽しかった。バレエがもっときれいに踊れるように願いを込めました」と話していた。 (2013年04月05日)

※雛人形の始まりは、自らの罪・穢れを人型に移して川に流すもの。その元々の姿を残しているのがこの雛流し。その本来とは違った形で、願いを乗せてというのもまたひとつの変遷として良しなのでしょうね。

【関連情報】 : 時代雛特集 | 清流庭園 山菜料理 玉貴 山形県西川町間沢

雛流し、被災地の復興祈る
http://www.youtube.com/watch?v=pi9oLd0gurM

京都:彬子さま、和紙の梅奉献 北野天満宮

http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20130404000161

 寛仁(ともひと)親王家の長女彬子さま(31)が4日、京都市上京区の北野天満宮に、和紙を紅花で染めて作った造花の梅の花を奉献された。

 梅の造花は、石清水八幡宮(八幡市)の勅祭「石清水祭」のお供えで、「御花神饌(おはなしんせん)」と呼ぶ12種類の造花の一つ。

 彬子さまが代表を務める文化団体「心游舎(しんゆうしゃ)」は、御花神饌を作る、江戸時代から続く染屋の協力で、子どもたちと造花作りに取り組み、昨年、同八幡宮に供えた。日本古来の文化で神社をつなぐきっかけに、と2月の太宰府天満宮(福岡県太宰府市)に続き、この日、北野天満宮を訪れた。

 彬子さまは、本殿で橘重十九宮司(64)から梅の造花を載せた台を受け取り、神前に供えた。 (2013年04月04日 23時16分)

※この石清水祭のお供え「御花神饌」初めて知ったのですが、和紙で作られた皇室からの特別な御供え物「神様の花」を石清水祭でお供えするもの。それを昨年から復興しているもののようです。こういった形で伝統が見直されることは素晴らしいです。

【関連情報】 : 「石清水八幡宮お花つくり」プロジェクト | Facebook

岐阜:源氏物語伊勢型紙で表現

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/gifu/news/20130402-OYT8T01858.htm

 伝統工芸の伊勢型紙を使って源氏物語絵巻54帖(じょう)の有名な場面を表現した企画展「伊勢型紙 源氏物語~悠久へのいざない」が2日から北方町立図書館で始まった。

 伊勢型紙は着物の柄や模様を染めるために使われる型紙の一種だが、最近は着物より美術工芸の材料として注目されている。

 今回の展示は、各務原市の伊勢型紙教室でいろいろな作品づくりに挑戦している岐阜市三田洞東の福岡千里さん(67)ら9人の女性有志と同教室講師の今井厚子さん(各務原市)の作品計35点を紹介している。

 伊勢型紙は柿渋に浸した和紙を使うため、茶色一色。しかし、源氏物語絵巻の各場面から複写した図柄を工芸用カッターでていねいに切り抜くと白い部分が鮮やかに浮かび上がり、独特の味わいがある。

 福岡さんは大学の事務職員を退職した7年前から伊勢型紙に魅せられ、季節の花や浮世絵などに挑戦。今回、構図の面白さから源氏物語の「竹河」を制作したが、「仕上げたときの充実感が何ともいえない」と語る。同じ頃に始めた各務原市の主婦間宮祐子さん(57)は「もともと伊勢型紙に興味があったが、モノトーンの世界が素晴らしい」と話している。

 29日まで、入場無料。月曜休館。問い合わせは同図書館。 (2013年4月3日)

※日本の紙の表現のひとつと言えるのが「切り絵」。最近では海外でもその技術と表現で知られる人も出てきているようです(→詳細)。中国などでも切り絵の表現はあるようですが、日本の繊細さはひとつの特徴と言ってよいのでしょう。それも型紙による染物などの表現が背景・伝統として有ったからなのでしょうね。

【関連情報】 : 伊勢形紙協同組合

OKOSHI-KATAGAMI Maison&Objet 2010
http://www.youtube.com/watch?v=b5_8JWWda9Y

京都:京の美意識 紙で発信 左京に専門店 「可能性広げたい」

http://kyoto-np.co.jp/top/article/20130408000041

 京都市左京区白川通北大路下ルに、紙の専門店「paper square 紙ひろば」がオープンした。和紙と洋紙、メーカーを問わず、さまざまな紙を扱う全国でも珍しい店といい、同区の画材店「バックス画材」が企画した。社長の坂亘二さん(69)は「紙の可能性を感じてもらいたい」としている。

 画材店の紙部門を独立させて3月下旬に開店した。美術紙や製図紙、包装紙、和紙、色紙、ファンシーペーパー、事務用紙、ラベルシートなど約1700種類の紙をそろえ、実際に触って風合いも確かめることができる。メーカー見本も置き、国内で流通する1万種類を超える紙を全判なら1枚からでも取り寄せることができる。

 画材店として画家や学生らに紙を販売してきたが、レストランのメニューやラッピング、マイブックなど、個性的な紙の使い方が増えていることに気付いた。「コンピューターによって紙がなくなることはなく、むしろオリジナリティーを表現するものとしてニーズが高まっている」と感じ、紙のことなら何でも応じる店をつくろうと考えた。

 坂さんは「インターネットで探したが参考になる店はなく、自分たちも一緒に勉強しながら、紙の可能性を広げていきたい」といい、「京都の美意識やおもてなしの心も、紙を通して発信したい」と話している。今後はラッピングやクラフトなどのワークショップも企画していく。紙ひろばは無休。 (2013年04月08日 15時00分)

※二月には仮オープンされていたようですが、3/21日から本格的にオープンしたとのこと。今日と中心部から少し外れた場所ではありますが、それだけにゆっくりと見ることが出来るかも。京都に行かれる方はチェックです。

【関連情報】 : バックス画材

岐阜:美濃市と伊・アマルフィ市来月、協定締結

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/gifu/news/20130405-OYT8T01753.htm

 美濃和紙の産地・美濃市と、ヨーロッパの紙文化の発祥地イタリア・アマルフィ市が、手漉(てす)き紙を通した文化交流の協定を結ぶことになった。伝統技術を発信したり、紙文化が広まった歴史を調べたりして交流を深め、美濃和紙の一層の販路拡大につなげるのが狙いで、協定の締結式は、5月23日にアマルフィ市で行われる。

 イタリア南部のアマルフィ市は、海岸沿いの急な岸壁に築かれたリゾート都市で、世界遺産に登録されているアマルフィ海岸は「世界一美しい海岸」といわれている。13世紀頃、中東から手漉き紙の技法がヨーロッパで最初に伝わったとされ、現在も手漉きによる紙づくりが行われている。

 アマルフィ市の紙漉きは、原料となる細かく砕いた綿を混ぜた水に手漉き用の道具をつけて持ち上げる「溜(た)め漉き」と呼ばれる技法が特徴。一方、美濃市では、アマルフィ市と異なり、クワ科の落葉低木のコウゾの皮が原料で、道具を縦横に動かして絡ませる「流し漉き」の技法で作られている。

 アマルフィ市役所で行われる締結式には、美濃市の石川道政市長らが出席する予定で、近くに設けられる会場には、美濃和紙を使ったあかりのオブジェも展示する。また、両市の紙文化を顕彰するため、秋以降、現地でシンポジウムを開催し、美濃和紙の手漉き実演も行う予定だ。

 美濃市が「紙」を通して海外の都市と交流協定を結ぶのは、台湾の高雄(カオシュン)市美濃(メイノウ)区、韓国の原州(ウォンジュ)市に続いて3例目。美濃市教委人づくり文化課の高木宏和課長補佐は「伝統技術の継承や販路拡大などで互いに協力しながら、美濃和紙を世界にPRしていきたい」と話している。 (2013年4月6日)

※海外との交流に積極的な美濃市。紙を通しての交流は、台湾の高雄市、韓国の原州市に続いて3例目とのこと。地道な交流を通して互いに刺激を受けることとなるのでしょうね。これからの展開が楽しみです。

【関連情報】 : Museo della Carta – Carta a mano di Amalfi

岐阜:美濃和紙ドレス華やか 岐阜市でファッションショー

http://www.gifu-np.co.jp/hot/20130407/201304071015_7249.shtml

 美濃和紙で制作したドレスのファッションショー「白いドレスの女」が6日、岐阜市長良の長良川うかいミュージアムで開かれた。

 昨年10月の「長良川おんぱく」で美濃和紙のドレスを展示した岐阜市のファッションデザイナーでクチュール作家の松田悟さんと、東京のフラワーアーティスト大谷幸生さんを中心に、新たな美濃和紙の魅力を発信しようと企画。さらにシンガーらも加わり結成されたアーティスト集団「長良川パルプンテ」が公演した。

 おんぱくで紹介されたドレス2点のほか新作5点も披露した。いずれも和紙の柔らかな風合いを生かした作品。ほかにアーティストらが即興で和紙に絵を描いたり、モデルにメーキャップをするなど、変化に富んだステージが繰り広げられた。 (2013年04月07日 10:15)

※通気性と保温力を兼ね備えていると紹介されることの多い紙布。もっと幅広く知られて欲しいものだと思います。その認知を広げるためにも、非常に面白い試み。様々な形でのコラボの中から新たな可能性も見えてくるかも。

【関連情報】 : みの紙舞 ~和紙のウェディングドレス、靴下なら、美濃和紙製品販売~

岐阜:和紙の里彩る黄色 美濃市でミツマタ見ごろ

http://www.gifu-np.co.jp/news/kennai/20130403/201304030840_19704.shtml

 美濃市蕨生の美濃和紙の里会館周辺で、和紙の原料の一つミツマタの花が見ごろを迎え、黄色のかれんな花が春の訪れを告げている。

 ミツマタは名前の通り、枝の先が全て3本に分かれているのが特徴。ミツマタ和紙は高級和紙として昔から重用され、紙幣などに用いられている。和紙の原料を知ってもらおうと、同館周辺の板取川沿いに植えられている。

 今年は3月下旬に咲き始め、地元住民らが和紙の産地らしい春の光景を満喫している。花は今月末ごろまで楽しめるという。 (2013年04月03日08:40)

※ミツマタの花の便りは春の便り。ひとつだけでも美しいですが、一面ミツマタの群生などは本当に美しいです。そのミツマタ。1万円札の原料となるものでもあります。今は、国内産と海外産との価格差からほとんどが海外産。そのことが先だってニュースになっていましたが、このミツマタの復興はかなり深刻な問題でもある気がします。

【関連情報】 : 「1万円札の原料」ミツマタ危機 出雲の加工所閉鎖へ 生産農家は「伝統産業守っていく」 – MSN産経ニュース

島根:友好交流:復活、和紙職人の派遣に期待 浜田で紙作り学んだブータン父子歓喜

http://mainichi.jp/area/shimane/news/20130404ddlk32040471000c.html

 ブータンと浜田市の8年ぶりの交流復活をブータンの首都ティンプーで手すき紙工房を営む父子が喜んでいる。父のノルブ・テンジンさん(60)と長男のツェリン・ドルジさん(35)だ。2人は同国と旧三隅町(現浜田市三隅町)が交流を中断する前、旧町で紙作りを学んだ研修生だった。

 テンジンさんは86年、他の2人の研修生と来日した。同国では交流担当職員を務めており、最初の研修生となった。滞在中に心臓疾患が判明。治療費を集めるため県ブータン友好協会などが募金活動をするなどし、再来日した87年に松江赤十字病院で手術を受けた。

 役人生活から転進したテンジンさんは帰国後の91年、旧町がブータンに贈った機材を使って「ジュンシ手すき紙工房」を開いた。ジュンシは現地語(ゾンカ語)で「自然の」という意味だ。

 一方、ドルジさんは05年、交流中断前の最後の研修生として同町にやって来た。

 しかしその後、8年間にわたって両者の交流は途絶えた。その間テンジンさんの工房では約20人が働き、観光シーズンはひっきりなしに外国人が訪れるまでになった。

 3月末、20年ぶりにティンプーを訪問した三隅島根ブータン友好協会長の大森義明さん(77)は再会を喜び、「黒かった紙が白い。厚さもそろっている。変わった」と目を見張った。

 同行した石州和紙協同組合代表理事の久保田彰さん(62)は「工房を続けていくには、ブータン人になじむ紙をすくことが課題」と話した。久保田さんは、06年に亡くなった父の保一さんと一緒に技術指導をしてきた。

 テンジンさんは訪問団の2人の顔を見て、「うれしいです。日本語も忘れかけていました」と笑った。交流再開により、浜田市から派遣される和紙職人の指導を手伝うドルジさんは「一生懸命やります」と話していた。 (2013年04月04日)

※以前、「ブータンで和紙が作られている!和紙の始まりはブータンだったんだ!」と書かれているのを見て苦笑いしことがあります(^^;)石州和紙とブータン。しばらく交流が滞っていたとはいえ、指導した人たちの成長が見ることが出来てさぞかし嬉しかったでしょうね。これからもなかなか難しいかもしれませんが、ずっと交流が続いていってもらいたいものです。

【関連情報】 : 浜田市ブータン王国訪問 | ニュース | 石州和紙

Trunkation – Thimphu, Bhutan
http://www.youtube.com/watch?v=gQ04JLl4qMw